大日本帝国軍の最強戦闘機TOP5ランキング




5、三式戦闘機「飛燕」

6

昭和18年、大日本帝国陸軍に正式採用された三式戦闘機、通称「飛燕」。

 

この戦闘機はドイツのダイムラーベンツ社のエンジンを使用して制作され、およそ3000機が製造されました。

 

液冷のエンジンで構造が複雑だったこともあり、整備も難しく、故障も多かったそうです。

 

とはいえ、エンジンの調子が良ければ、P-51ムスタングなどの当時最強と言われた戦闘機とも渡り合える実力があったと言われています。

 

戦争末期には、エンジンを空冷式に乗せ換えた 五式と呼ばれる後継機が製造されました。

 

飛燕譲りの高い性能はそのままに、日本機屈指の急降下性能を持っており、敵も戦々恐々としていました。

 

しかし登場が遅すぎた為に戦局挽回までには至らなかったそうです。

 

4、局地戦闘機「雷電」

らい1

雷電は大日本帝国海軍が運用していた局地戦闘機です。

 

局地戦闘機というのは、陸上基地から飛び立つものを言います。

 

雷電は大型爆撃機が本土に到来した際に 迎え撃つ目的で作られました。

 

そのため、高い上昇性能と最高速度に重点が置かれています。

 

6000メートルまで5分38秒で上昇し、最大速度は596.3キロでした。

 

敵国だったアメリカ軍からも評価の高い機体だったそうです。

 

3、局地戦闘機「紫電改」

きょ1

紫電改も日本海軍によって運用されていた局地戦闘機です。

 

6000メートルまで7分38秒で上昇することができ、最高速度は680キロでした。

 

万能型の戦闘機として評価が高く、パイロットたちからの支持も多かったそうです。

 

速度が速い上に、機銃性能も良かったので 戦闘力が高かったと言われています。

 

しかし、実戦配備されたのが B-29による本土爆撃が激化し始めた 昭和19年末だったために400機程度しか生産はされませんでした。

 

もっと早い時期に大量生産が出来ていれば戦況も変わっただろうと言われています。

 

2、零式艦上戦闘機「ゼロ戦」

れい1

言わずと知れた日本海軍の零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦です。

 

第二次世界大戦中に、最も多く生産された日本海軍の主力戦闘機で、その生産数は10430機でした。

 

2200キロという航続距離に、2つの機関砲と高い運動性能を持っており、昭和15年の運用開始から 終戦まで活躍した機体でした。

 

ゼロ戦は運用開始時から改善の余地がないほどの性能を持ち、登場からしばらくの間、最強の戦闘機として大活躍しました。

 

しかし、航続距離と運動性能のため軽量化を突き詰めた結果、防御力はとても低くなってしまっていました。

 

そのため、一撃でも被弾すれば墜落する危険があり、急降下すれば主翼がもげてしまうという危険もありました。

 

この防御力の低さを敵軍に攻略されてしまい、次第に出番を失っていってしまいます。

 

とはいえ、ゼロ戦の驚異的なまでの軽量化に成功した技術力が戦後の日本の復興を早めたとも考えられます。

 

1、四式戦闘機「疾風」

よん1

大日本帝国陸軍の戦闘機の中では 間違いなく最強と言える機体と評判の高い「疾風」。

 

敵国アメリカに「The Best Japanese Fighter」日本最優秀戦闘機と評されたほどです。

 

戦争後期の昭和19年から製造されたにも関わらず、重点的に生産されたことで通算3500機も製造されました。

 

最高速度は時速624キロで、当時の日本軍の戦闘機の中では最速でした。

 

また、航続距離や運動性、操作性、生産性など全てにおいてバランスが取れていた機体とも言われています。

 

戦争末期に製造開始されたこともあり、物資不足で満足のいく整備等が出来ず、そこまで活躍はできませんでした。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です