全盛期のとんねるずにまつわる伝説5選



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5、テレビカメラ破壊事件

 

最近は丸くなったとんねるずの二人も若い頃は自由奔放でした。

 

しかし、それがほかの人には真似のできない彼らの魅力だったのです。

 

とんねるずは『オールナイトフジ』という80年代の深夜番組にレギュラー出演していました。

 

深夜番組ということもあり、いつも二人は好き放題に暴れまくっていました。

 

とんねるずが自身のヒット曲『一気』を歌ったときのことです。

 

調子に乗った石橋さんがテレビカメラを転倒させて、カメラを破壊してしまいました。

 

これには、さすがの石橋さんも羽目を外し過ぎたことに気づいた様子でした。

 

石橋さんは1500万円のテレビカメラを自腹で賠償する覚悟を決めましたが、フジテレビはこれを偶然の「事故」と処理して保険の適用を申請しました。

 

 

4、ザ・ベストテン乱闘事件

 

とんねるずはヒット曲『雨の西麻布』で当時の人気番組『ザ・ベストテン』に出演したことがあります。

 

『ザ・ベストテン』は生放送番組でしたが、東京のスタジオに来ることができなかった二人が静岡の日本平からの生中継で歌う機会がありました。

 

1985年10月の『ザ・ベストテン』400回記念の放送日です。

 

予定されていた演出では、とんねるずがスタッフの担ぐ神輿に乗って登場することになっていました。

 

いざ本番になると、たくさんの観客が近づいて二人の衣装を引っ張ったため石橋さんは神輿に乗ることができませんでした。

 

このことに激怒した石橋さん。ステージに上がってからも観客に向かって悪態をつき、テレビカメラを前に怒鳴り声で『雨の西麻布』を歌いました。

 

 

3、ミリオンセラー

 

テレビ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』の中で歌われ、小中学生のあいだで人気になり、

 

CD発売にまで至ったのが『ガラガラヘビがやってくる』です。

 

この曲はもともと番組の挿入歌として作られたものですが、人気があったためオープニングテーマ曲としても使われることになりました。

 

この曲がCDとして発売されると、オリコン1位を獲得し、ミリオンセラーも達成して、1992年度の年間売上枚数6位を記録しました。

 

作詞・作曲は、このころとんねるずの曲の大半を作っていた秋元康・後藤次利のコンビです。

 

2、流行語

 

とんねるずは多くの流行語を作りました。

 

80年代の女子大生の言葉を誇張して、語尾に「みたいな」をつける言い回しを流行らせたのはとんねるずです。

 

また、男女の出会いと告白をテーマにしたとんねるず司会のテレビ番組『ねるとん紅鯨団』は、数々の流行語を生み出しました。

 

たとえば、「彼氏いない歴〇〇年」「彼女いない歴〇〇年」という表現です。

 

男女が二人きりになることを「ツーショット」と呼ぶのも、この番組の中で使われていた言い方でした。

 

お見合い番組『ねる様の踏み絵』で、とんねるずが使った「元サヤ」という言葉も今では普通に使われる言葉になっています。

 

さらに「〇〇系」という表現方法もとんねるずが流行らせた言葉の一つです。

 

 

1、葬式コント

 

現在はコンプライアンスという名のもとに誰からも抗議を受けない保守的な番組作りが当たり前になりました。

 

しかし、とんねるずは人々が想像もできないネタで、世間を騒がせたことがあります。

 

それは盲腸でしばらく休養していた木梨さんが休養明けに最初に出演した『とんねるずのみなさんのおかげです』の番組冒頭のことです。

 

番組は「木梨憲武さんを偲んで」というテロップとともに始まりました。

 

木梨さんの遺影をバックに局アナがこう告げます。

 

「今日午後5時30分過ぎ、タレントの木梨憲武さん、盲腸のために信じられないことになってしまいました」と。

 

そして、木梨さんの死亡をほのめかす発言をします。視聴者は、いきなり木梨さんの追悼番組が始まったと勘違いました。

 

しかし、その後ジャージ姿の木梨さんが現れ、それを無視し続けるというコントというオチでした。

 

番組の反響はとても大きいものでした。

 

視聴率は23パーセントを記録し、フジテレビにかかってきた抗議電話は800本に及んだそうです。

 



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