3、ソッダー家の子供たち
1945年12月25日未明に、アメリカ・ウェストバージニア州の小さな町で火災が発生しました。
火元となったのはジョージ・ソッダーの家です。
幸いジョージと妻のジェニー、それに9人いた子供のうち、4人の子どもたちは燃える家から逃げ出しました。
しかし、それ以外の5人の子供は逃げ遅れ、亡くなったものと考えられていました。
ですが鎮火後に現場を調べたところ、不思議なことに、逃げ遅れたと考えられた5人の遺体はどこにも見つかりませんでした。
骨まで燃えてしまったというのが当局の見解で、ジョージとジェニーは一旦その話を信じました。
後に火災現場を調べると、何者かが火災発生前に電話線を切断していたことがわかりました。
また、火事になる直前にジェニーは不審な間違い電話を受けていたこともわかりました。
さらに、家が燃えていた45分間で人間の骨が燃え尽きることなどないということをジョージたちは知ります。
5人の子どもたちはどこかで生きていると信じるようになり、懸賞をかけて捜索を始めます。
火事から22年後、亡くなったはずの子どもの一人、ルイスから写真付きの手紙がソッダー家に届きました。
手紙はケンタッキー州・セントラルシティーから送られたものでしたが、実際の差出人は分かりませんでした。
探偵を雇って調べましたが、ルイスを見つけ出すことはできませんでした。
それから間もなくジョージは亡くなり、捜索も事実上打ち切りになって、真相は闇の中に葬られてしまいました。
2、YOGTZE(ワイオージーティーゼットイー)
この事件は1984年にドイツで起きた未解決事件です。
食品エンジニアだったギュンター・ストールが謎のメッセージを残して亡くなりました。
ギュンター・ストールは長いこと妄想にとりつかれていて、自分の後をつけてきて自分を殺そうとしている「奴ら」のことをよく妻に話していました。
そして10月26日の夜11時頃、「『奴ら』のことがついに分かった」と言って紙に「YOGTZE」と書いたあと、家を出て、行きつけのパブに行きました。
そのあと彼は愛車のフォルクスワーゲン・ゴルフに乗って、小さい頃に過ごした村へ行き、知り合いの老婦人を訪ねました。
深夜1時過ぎのことだったため、面会は拒否され、ストールはその場を立ち去りました。
次に彼の姿が目撃されたのは、午前3時のことです。アウトバーンの脇の木に衝突したフォルクスワーゲンの中にいるのを大型トラックの運転手に発見されました。
彼はなぜか裸で大怪我を負っていたのです。すぐさま病院に搬送されましたが途中で息を引き取りました。
検死の結果、ストールの怪我は自動車事故によるものではなく、別の車に轢かれたためであることが分かりました。
結局、ストールを轢いた車は見つかりませんでした。
また彼を殺した犯人と、ストールが言う「奴ら」との関係も解明されていません。
彼が書き残した「YOGTZE」が何を意味するのかも謎のままです。
1、ディアトロフ峠事件
ディアトロフ峠事件は1959年にソ連のホラート・シャフイル山で雪山のトレッキングをしていた9人の男女が不可解な死を遂げた事件です。
チームリーダーがイーゴリ・ディアトロフという人だったため、このような名前で呼ばれています。
ウラル科学技術学校の関係者10人が氷点下30℃の山を上り、スキーでトレッキングする計画を実行に移したのは1959年1月のことです。
急病のため、途中で一人脱落者が出ましたが、残りの9人は1月31日に山麓に到達しました。
そして、一行はそこから登山を開始したのですが、道を間違えたことに気づきます。
しかし安全な場所まで下山せず、山の斜面にテントを張ったところ、雪崩に遭い全員が遭難、行方不明となってしまいました。
ヘリコプターを導入した大規模な捜索の結果、キャンプ地の周囲で5人の遺体が発見されます。
死因はいずれも低体温症でした。別の場所で見つかった残りの4人のうち、1人は低体温症で他の3人は致命的な怪我を負っていました。
頭にケガを負っていたもの、ろっ骨が折れていたもの、目や舌を失っていたものなど不可思議な怪我を負っていました。
さらに何人かの遺体がまとっていた衣服から強い放射線が検出されたことです。また、なぜ目や舌を失った遺体があるのかも説明できません。
何らかの事件に巻き込まれた可能性や、未知の生物、宇宙人の存在など多くの説が囁かれました。
しかし、ディアトロフ峠事件は、多くの議論の余地を残したまま、事故として結論付けられ、真相は謎に包まれたままとなっています。
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